「相似」  ある夏の日、藤次郎がいつものように玉珠のアパートを訪れると、玉珠の部屋に 女の子が居た。  「あれ?」  呼び鈴を押して応対に出た女の子に驚いた藤次郎に、女の子も驚いていた。  「あの?どなたですか?」 と、緊張して恐る恐る聞いた。藤次郎は部屋を見渡しながら、  「あのぅ?ここ、橋本玉珠さんの部屋ですよね?」 と言い聞き返した。  その女の子は、玉珠の少女時代にそっくりで、藤次郎はてっきり、玉珠が若作り して藤次郎をからかっているのかと思ったが、よく見ると、若すぎて本当に別人ら しかった。  「はい、わたし玉珠の妹で玉恵といいます」  姉の名前が出たので、少しはホッとして女の子は答えた。  「えっ?玉恵ちゃん?」  「はい?」  女の子は、いきなり自分の名前を呼ばれて、緊張した。  「覚えてないかなぁ…俺、玉恵ちゃんがちっちゃい頃よく遊んであげた藤次郎だ けど」 と、藤次郎は自分を指差しながら言った。  「あらっ、藤次郎おにいさま?藤次郎おにいさまなの?」 と、言って急に緊張が解けた。玉恵は、玉珠の妹と言っても、歳は一回りほど離れ ていて、まだ中学生だった。  「大きくなったね」 と、藤次郎が微笑みかけて言うと、  「はい」  玉恵はうれしそうに返事をした。そのとき、藤次郎の背後に玉珠が来て、  「あら…藤次郎もうきてたの?」  「おっ?おう」  振り返って答える藤次郎に、  「ささ…入って」  藤次郎は玉珠に押されるまま部屋にあがった。  藤次郎は玉恵とテーブルを挟んで向かい合って座ると、  「玉恵ちゃん夏休みだから、お姉さんの所に遊びに来たの?」  「はい、お姉さんが海に連れって行ってくれるというので、喜んできました」 と、無邪気に答えた。  「ふーーん」  藤次郎は麦茶を出した玉珠を横目で見た。玉珠は「お願い」と言うように手を合 わせていた。どうやら、一週間ほど前に玉珠を伊豆の海に連れって行ったのがよほ ど嬉しかったのか、また行きたくて今度は妹を呼んだらしかった。  「そんなこと、電話で言ってくれれば、いつでも連れて行ったのに…」 と、藤次郎は小声で玉珠に言ったら、「…だってぇ…」と拗ねた表情をした。  「玉恵ちゃん、いつまでこっちに居るの?」 と、藤次郎は玉恵に向き直って聞いた。  「お姉さんの会社の夏休みが今週一杯なので、それまで居ようかと」  「ふーーん、それじゃ、お姉さんに東京のいろんな所に連れて行って貰いな。俺 は会社があるから相手してあげられないけど…そうだ、ディズニーランドに連れて 行って貰うといい」 と、言ったところで玉珠がギョッとした。  「はい」  玉恵はまた無邪気に答えた。  「…そんな、藤次郎…」  「困った」という表情で言う玉珠に対して、  「はは、残念でした。俺の会社の夏休みは来週からだ。それまでは仕事もあるの でね」 と、むべなく答える藤次郎に、玉珠はしょげてしまった。  「まぁ、海の話は連れて行ってあげるよ。伊豆は無理だけど、三浦海岸で我慢し てくれるのなら…週末につれていってあげるよ」 と、藤次郎が言うと、玉珠の顔が明るくなった。  その週末、藤次郎は朝早くから玉珠と玉恵を車に乗せて、三浦海岸に行った。  藤次郎はそのまま着替えないで、シートとパラソルをレンタルすると、そこに寝 転がった。  「あら、おにいさまは泳がないの?」  藤次郎の顔を覗き込むようにして玉恵は聞いた。  「うん…、泳ぐと疲れて帰りが大変だから、ここで待っているよ」  この間、玉珠を海に連れて行ったときに、遊びつかれて帰りに居眠り運転をしそ うになったので、体力を温存しようと考えた。  「うーーん、つまらない。ねぇ、おにいさま、遊びましょうよ」 と言って、玉恵は藤次郎の腕を引っ張った。  「そうよ、午前中に泳いで、午後に休んでいたら?」  玉恵とともに玉珠も言った。  二人にすすめられるまま、水着に着替えた藤次郎は、玉珠達と遊んで、午後は適 当に休息をとっていた。  帰りの混雑を気にした藤次郎は、まだ日も高いのに、  「おーーい、そろそろ帰ろうよ」 と、波打ち際で遊んでいた二人に声をかけた。夢中で遊んでいた二人は、  「えーーー、もう?」 と、二人そろって素っ頓狂な声を上げた。  「そろそろ、道が混むから…おれも疲れるから…勘弁して」 と、言って藤次郎が手を合わせて頼むと、  「仕方ないわねぇ…玉恵帰るわよ」  「えーーー、つまんない」 と、玉恵は拗ねて見せたが、そう言いながらも、渋々姉の後について海から上がっ てきた。  帰りの車中で。  「そういえば、この前久しぶりに合ったとき、玉恵ちゃん、お玉の中学のときと そっくりだったね」  「そうですか?」  「一瞬、お玉が若返ったかと思った」  「そう?」 と、玉珠も喜んでいた。  「やはり、年が離れても姉妹だよなぁ…おもかげあるもの」  「ほんと?ほんと?そんなに似ている?」 と、玉珠ははしゃいでいた。  「うん、似てる似てる…玉恵ちゃんも大人になったら、いい女になるだろうなぁ…」  「えーー、お姉さんにはとても…」  「そんな謙遜して…お玉と比べたら発育いいもの、それに本当は、お姉さんより 美人だと思ってるでしょ?」  と言っている藤次郎は嫌らしい目線をルームミラー越しに後席の玉恵に向けた。  「…ハイ」 と、玉恵は微笑んで小さく返事をしたが、玉珠が咳払いをしたので、藤次郎は話題 を変えた。  「そう言えば、玉恵ちゃんの学校の制服って、ブレザーなの?」  「いいえ、セーラー服ですけど…」 と、玉恵は怪訝そうに答えた。  「ちょっと、藤次郎。何想像してんのよ!」  なんとなく、藤次郎の考えていることが判った玉珠は、藤次郎を牽制した。  「いや…お玉も中学時代セーラー服だったじゃないか、玉恵ちゃん、あの頃のお 姉さんはね、セーラー服がよく似合う可愛い女の子だったんだよ」 と、慌てて言い訳した。  「へーーえ」 と感心している玉恵に対して、  「この…オヤジ!」  玉珠は、”イーだ”と言う表情をした。  「でも、あの頃はお玉もセーラー服が似合う可愛い少女だったけど、今は…セー ラー服せたら、きっとAV…」 と、言って笑っている藤次郎の隣の助手席から、玉珠の手が伸びてきて藤次郎の首 を絞めた。  「グゲッ」 と、言ってハンドルがふらついた。  「こっ、殺す気か?」  「ええ、死んで頂戴!スケベオヤジ」  「お姉さん、やめて!」  冷静に言う玉珠に対して玉恵が半狂乱に近い悲鳴を上げた。 藤次郎正秀